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上司はアスペルガー症候群である。仮にDr.Asとする。今勤める病院にはけっこう高機能発達障害が多いようだ。
Dr.As、いろなことをやらかしてくれる。
精神科医は3人いるが、もう1人Dr.No(normal)が学会出張で不在だった。私は外来日。Dr.Asはフリー。当然、その間に病棟でなにかあれば、Dr.Asの仕事というのが通常ルール、暗黙の了解だ。
「病棟でDr.Noの患者家族にstaffが暴力をふるわれ怪我をしました。」外来中に電話が入った。
外来をほっぽりだして、急いで駆け付けた。病棟についた途端、その光景に凍りついた。
流血しているNsに背を向けてパソコンをしているDr.Asがいるではないか。他科の先生方まで来てくれて騒然としている中、自分のパソコン作業が終わると、悠然と立ち去って行った。あまりのことに呆気にとられて、その瞬間は何も言えなかった。少しずつ溢れてくる怒り。しかしその場の処理をしながら、ふとある考えが浮かんだ。
「あれだけ騒いでいたけれども、もしかして事件に気付かなかったのではないか。」
病棟師長に確認をとってみると、その場にいて、あれだけ騒いでいたから、気付かないはずはないと思い、改めては言っていないとのこと。
Dr.Asは病棟医長でもあるから、改めて報告するように指示した。
やはりというかなんというか、 師長に連絡されて初めて知ったらしい。他科の先生方があれだけ精神科病棟にいて騒いでいたのに疑問に思わなかったらしい。
知ったからといって、なにかしてくれるわけでもなく、私が書いたカルテ記事を見て、口癖の「ふーん」と言っただけで立ち去った。医者4年目に丸投げ?
発端は未成年の摂食障害患者の親が、病棟内で親子喧嘩かなにかはわからないが、「もう入院なんかさせん。家に連れて帰る。こんな子いらんわ。死んだらいいんや。」と意味不明に騒いでいる。患児が泣き叫んでいるため、声をかけたNsに「うちの子に触るな。」といきなりつかみかかり、暴力をふるった。ということらしい。
子どもに対して「いらんわ」や「死んだらいい」という言葉は虐待にあたるため、児相に連絡。父親やらなんちゃら委員会やらなんやらへの報告も、すべて外来合間にする羽目になった。
暗黙の了解がアスペルガー症候群には通用しない。また、自分の興味があること以外は見ていない。
それを確認した一日だった。
まだまだエピソードは尽きない。また後日。
テトラやグラミーなど、小型熱帯魚を飼っている。
昨夜、いつもの通り、寝る前に餌をやろうとした。
ほんのちょっとしか食べないのに、寝ぼけていたのか、ドサッと入ってしまった。たぶん、この子たちの半年分くらいの食糧だろうか。慌てて網ですくい、夜中に必死に水替えをした。しかし、きれいにはとりきれない。
寝る前の失敗って、一日全部が失敗だったような気がする。落ち込んだ。
今日、仕事が終わって帰ってきたら、エビが3匹死んでいた。
やはり昨日は失敗だった。
人格障害、なんとかならないのかな。
精神科に分類されるけど、自分の患者となかなか思えない。
自分で自分の首を絞めている患者をみると、気の毒には思うけど、 なるべくなら関わりたくない。
先輩方は、「人格障害も時にはよくなるよ」とおっしゃるが、自分に治療できるとは思えない。たぶん脳の発達に偏りがあって、ああいう特徴が出ているんだろうな、とは思う。一般的な優先順位に沿って考えられないところは、発達障害とそんなに変わらないようにも思える。
でも、発達障害は自分の患者でも、人格障害はなんか違う。
昨日、発達障害に脳波異常が多いことを書いたが、てんかんに伴う人格障害というのもある。人格障害の患者でてんかんを伴わないものでも脳波異常は多いのだろうか?・・・人格障害の診断自体が難しいから、よっぽど典型的な人格障害を集めないといけないな。コワッ
治療は薬ばかりではないとは教えられたが、なにか効く薬があったらいいのにな。
発達障害の患者の脳波をとると、程度の差はあれ異常波があることが多い。全例調べているわけではないので、脳波異常の頻度ははっきりしないが、自閉症にてんかんを合併している率は明らかに高い。
てんかん発作が出現していない場合、または出現しても2回以上でなければ抗てんかん薬を投与するかどうかは悩ましい。てんかん発作がなければ、今まではあまり投薬をしていなかった。
しかし、本日精神科と小児科の先輩先生方と情報交換会で話をさせていただき、短期的なけいれんの予防という意味だけならけいれんの既往がなければ投薬は必要ないが、長期的に精神運動発達を考えると投薬したほうがいいんじゃないか、という話になった。
典型的な小児自閉症で来院し、けいれんはないけど脳波異常がある患者さんで、カルバマゼピン投与により言葉が出てきたケースもあるとのこと。
実際、発達障害の興奮に対して、 抗てんかん薬を少量使うことはあり、著効する症例はわりと経験している。
発達し終わった大人はともかく、小児の脳波異常はむしろ積極的に薬物治療した方がいいのか?
文献的にはどうなのか、調べてみようと思った。
詳しい先生がいらっしゃいましたら、コメント欄よりご教示いただければと思います。
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以前に勤めていた大学病院でそんな言葉があった。
看護師に休日の緊急MRIを撮りに連れて行ってと頼むが、「休日は人手が足りないから無理です。」と断られる。仕方なしに医師が自分で患者のストレッチャーを押してMRI室まで連れていく。
CVカテの挿入?「2日前までに何時に入れるか予約してください。急に言われても無理です。」仕方なしに、医師が介助に入る。
同意書?「私たちは触りませんので、どこにあるのかも知りません。そこらにいる医者を捕まえて聞いてください。」普段と違う病棟に行くと、なにがどこにあるのか探すだけで長時間をとられる。
採血は前日15時までにオーダーすればしてくれるが、それ以降のオーダーは通らない。点滴はいつオーダーしようが、医師の仕事。 平日日勤帯以外に処方箋を書いたら、薬局まで医師が取りに行かないといけない。
極めつけは、患者さんの話を聞いてと頼んだら、「(検温表などPC上の)入力で忙しいんです。」と断られた。
医者である私は、看護師から“看護サイド”という言葉を聞くたびに、なんでどちらかのサイドに分かれて敵対しようとしているのか?と疑問に思った。
しかし“看護サイド”は“医師サイド”が一方的に無茶な要求をすると心底思っているらしい。
コメディカルという考え方は大学病院では普及していなかったようだ。
看護サイドと医師サイドに分かれている病院って、他にもあるのかな?
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兄弟で病院の廊下を走り回り、はしゃいでいる子供たちがいた。多動が著しい。見かけたことがない子だったので、あれは精神科を受診させないといけないな、親はどこにいったんだろうか、という話を他のスタッフとしていた。
あとで、精神科の患者だったと判明。院内に入っている業者の人から盗ったお金100円がその子のポケットに入っていた。
親は診察中だった。
診察医も、子供が出て行ったのなら他のスタッフに声をかけるのが通常なのにしていなかったが、私もどうして確認しなかったのかと悔やまれる。
「自分に関係ない」
そう思いたかったのだろう。後悔はしばらく引きずりそうだ。
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去年のクリスマスにダッチオーブンを買った。
通常、ダッチオーブンは使用後に錆止めにオイルを塗ったりなんやらの手入れが必要らしいが、そういった手入れができそうにない私は、少々高いがステンレス製のダッチオーブンにした。
今日も再びダッチオーブンで鶏の丸焼きを作ることに。
前回はオリーブオイルとハーブ類に付け込んで洋風に仕上げたが、今回は甘辛ダレで照り焼き風にしようと試みた。
しかし、高温になるため、醤油や砂糖の混ざったタレは焦げ付き、火事になったかと思うような煙が出てしまった。むせこみ涙が出てくるほどの煙で窓を全開にしないといけない状態に。幸いにも火災警報器は鳴らなかったが、むしろ警報器が壊れているような気もするな。
結局タレは諦め、塩コショウになった。
鶏も美味しいが、一緒に鍋に放り込んだ玉葱やジャガイモやニンジンが鶏の油で蒸し揚げ(そんな調理法があるかどうかは知らないが)状態になってびっくりするほど美味しい。
今回一緒に飲んだのはブルゴーニュワイン。
ギスレーン(ギレーヌやジスレーンと読むことも) バルトーさんが作った、2000年のシャンボールミュジニー プリュミエクリュ オー・ボー・ブリュン。
女性ドメーヌだそうだが、かなり骨格のしっかりした男前のワインだ。
4~5年前に飲んだバルトーの1997年村名ワインが、私とダンナをワイン好きにした一本。その頃は居酒屋ワインしか飲んだことがなく、ワインを美味しいものとは思ったことがなかった。
1997年のバルトーは華やかな香りのワイン。あくまで素人イメージではあるが、黄色の小花がいっぱい咲くお花畑で子犬がモンシロチョウと戯れているような、どちらかというと可愛いほのぼのとしたワイン。流れる音楽はビージーズのメロディ・フェアがちょうどいい感じ。
2000年のバルトーは代替わりをした後で、より濃く、より男前になった。個人的には先代の方が好きだけど、今のバルトーの方が一般的には評価が高いらしい。しっかりしているので、料理には合わせやすい。1年くらい前に2001年も飲んだが、こちらはもっとタンニンが強く、まだまだ飲み頃には早すぎた。
全く話が変わるが、抗精神病薬であるリスパダール液の苦みはタンニンの苦みだというのは本当だろうか?
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以前に田舎の総合病院の内科医からこんな話を聞いた。
地域の医院から90代後半の誤嚥性肺炎、もともと寝たきりの患者が紹介されてきて、その病院の若い内科医師が診ることになった。回復の見込みはない状態。地域で唯一の総合病院に、そんな患者を入院目的に紹介ということ自体がその開業医のおかしなところではある。
が、しょうがないので、亡くなるまでの数日間を入院させたらしい。
亡くなった後、こともあろうにその開業医、「亡くなったのにこちらに電話がなかった。知ったのが遅くて葬式にも行けなかった。地域との関係を大事にしているのに。」と、怒って主治医に電話してきて、挙句に院長まで文句を言いに行った。
葬式は、家族が呼ぶものだ。呼ばれなかったといって、病院に逆恨みされても困る。
亡くなったら連絡してほしいなら、「代々懇意にしている患者だから、もしなにかあれば夜中でもかまいませんのでご連絡いただけませんか」とお願いすればいい。それもせずに、「連絡がなかった」と怒られても、という話だ。
そもそも、もともとなんで看取らなかったの?とも思う。患者家族が入院を強く希望したのかと思えば、「先生にこちらに紹介するからと言われた」と。
文句を言われた院長は、仕方なく事務長とともにその開業医に謝罪に行った。
その話を聞いた誰もが、その開業医の方がおかしいと分かっている。当然院長だって分かっている。
オトナの対応なんだろうけど、釈然としない。
「そこまでおっしゃるなら、当院に紹介していただかなくてけっこうです。当院からも紹介はいたしません。」私なら言うだろうな。
救急車がバンバンくる病院で月5回も当直して、翌日も通常勤務という過酷な勤務状況で、しかも少ない給料。
「大事にされているから、感謝されているから、自分が辞めたら地域住民が困るのが分かっているから、なんとか頑張ろうと思っていた。」と話す。
話をしてくれた内科医は今年の秋に病院を移ることにした。
後任はいないだろう。労働条件が悪すぎる。
ただでさえ月5回の当直がさらに増えたら、さすがに他の医師も続けられないだろう。
その総合病院の崩壊は近い。
その開業医のせいとは言わないが、その内科医のせいでもない。
状況をわかっていない患者から「救急外来に行ったら、医者の愛想がよくなかった」などの投書があったという。疲れ切っていたところに少しずつモチベーションを削がれていたのは想像に難くない。
もちろん、総合病院を残そうという住民の方が多かっただろう。夜中にフラフラと疲れ切った医師が官舎に戻る姿を見て、せめてと官舎の掃除をしてくれていた、申し訳ないという。
しかたない。
潰れる運命であった。すでにずいぶんたくさんのヒビが入っていた。壊れるのが早まっただけだ。
の貼り紙が必要だったのかな。
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「狭い台所、食洗機の上の空間がもったいない。」
合う棚を探していたが見つからず、手作りしようと、この週末を楽しみにしていた。
ホームセンターで板と釘などを買って、サイズに合わせて板をカットしてもらった。
なんと1カット30円という安さ。
そんなサービスがあること自体初めて知ったが、のこぎりを買う必要がなくなり、しかも労力を省略できたのでありがたい。
寸法を測りながらねじで固定して、 小花柄のビニールシートを貼って、30分ほどで完成。
簡単な棚ではあったが、ここまで簡単にできるとは!
設置してみたら、寸法が1cm程度大きかったが、初回にしては上出来。
DIY、ちょっとはまってしまいそう。
しかも久々にホームセンターに行くと、楽しい。
今はシリコンが熱いみたいだ。
熱に強くて、変形性にも優れるという特性。
シリコンのザルは小さくたたんで収納できるし、 蒸し器にもなるし、フライ返しやお玉も鍋を傷つけなくてよさそう。
ついつい、目的を忘れて感動していた。
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小学生~高校生までは本を読むのが好きだった。毎日のように学校の図書室に行っていた。
AD/HDだったら注意力が持続しないから、本なんて読めないんじゃないの?と疑問に思われる方もいらっしゃるかもしれないが、好きなことにはびっくりするほどの集中ができるのも特徴の一つだ。寝食を忘れたことはないが、いわゆる本の虫ではあったと思う。
高校3年生の秋、周りが受験モードになっている頃、私も私なりの受験勉強をした。勉強については40分の注意持続が 限界だったので、1日30分程度ではあったが、参考書の問題を解いた。
そんなとき、『車輪の下』を読んだ。
読んでいない人のために要約すると、努力してエリート人生を歩いていた主人公が、壁にぶちあたり、最後には馬車にひかれて車輪の下、というストーリーだ。(ひどい説明でごめんなさい)
「がんばったらなんとかなる」
それまで教育されていたことが、一瞬で粉砕されたと感じた。
「人生あきらめが肝心」
私が小学生の頃、母が言っていたのを思い出した。
それを聞いた時も、『車輪の下』を読んだ時も「諦め」だと思っていた。
「がんばってもどうしようもないこともある」
それを認めるのはとても辛いししんどい。
違うと思いたいし、なんとかなると思いたいし、もし本当にどうしようもないなら自分に関係がないと思いたい。
あるがままに受け止めるには、強さが必要になる。
母の言葉がそうだったのだ、と気付いたのは、つい最近のことだ。
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